今から14年前、、
わたしの30歳は激動
の30歳だった。
Heeちゃんと結婚し、父の会社(魚屋
)を継いだのだ。
そして、それは、、
新婚早々、、資本金1千万円で、不良債権が約5千万円
もある
会社の代表取締役に就任したということを意味した。。。
わたしたちの新婚生活は、会社の再建という生活、、
大赤字のマイナスからのスタートだった。
会社は、水産仲卸会社つまり市場の仲買会社だ。
顧客は、中堅のスーパーや飲食店や百貨店の催事屋などが多かった。
市場では「売り掛けが当たり前」という風潮があった。
そして我社の歴代の店長たちが売り上げを伸ばすため売り掛け金を増やし
バブル期も重なり、結果それは5千万円の不良債権
となっていったのだ。
そして、、店長は「回収できないので責任を取る」と会社を去っていった。
「おいっ!(,,`Д´) 責任取るってんなら、やめんじゃなくて回収して来いよ!!
」
っと言いたかったが、すでに彼らは、、、、
、、居なかった。
はぁ、、ヽ('Д`;)丿
バブル経済の崩壊とともに、
実家の多角経営も崩壊していった。
そのため私は、
実家の銀行関係の保証人にならざるを得なくなってしまった、、、。
幼いころから両親に
「いかなることがあっても人生で保証人には絶対になるな!」
と言われて育ち、、、
結婚前にheeちゃんにもそう約束していた。
印鑑を押したその時の心境は言葉では言い表すことはできない。
肩書きは社長、あるいは経営者、、、
だけど実態は、、、
新婚旅行にも行けず、、、
1DKの借家に住み、、、
睡眠時間を削って、、365日会社に通って、、
heeちゃんと二人して月収30万円、、
しかも、それすら取れない月が何回かあった。
それでも実家を支えるために年間1千万円近くの
お金が必要で、
毎月せっせと実家に持っていく日々が最後の最後まで何年も続いた。
さらに、、、
どんなに資金繰りが苦しくて
たとえ自分たちが給料を取れなくても
社員には払わないわけにはいかない
。
社員に経営が思わしくないと感づかれないようにと
、、
つらいときほど笑った![]()
笑えないときもあった、、、
でも笑えなくても笑顔を作った![]()
そして、、不思議なことに、むりやりでも笑顔が習慣になると
あまりつらさは感じなくなるという事も経験の中から知った![]()
人は、「楽しいから笑う」だけではなく「笑えば楽しくなる」ということを。![]()
どんなにつらくても息子だから、、やめることはできなかった。
「2代目なんだからやって当たり前だ!
」といわれた。
「当然、できて当たり前なんだ!
」ともいわれた。
それは、
やり続けても、できても、たとえ結果が出ても、
称賛されない、褒められない、認められない、ということだった!
誰にも相談できず誰も頼ることができなかった、、
Heeちゃんと二人で、歯を食いしばりながら歩みだした1994年![]()
人生で、、「たいへんだ」と感じている人の特徴であり共通点があると思う。
それは、、、
全力を出し切っていないこと。。
中途半端、あるいは力を加減していることだろう。
だから、「たいへんだ
」と感じているのではないだろうか?
なぜなら、、1000%参加すれば、
全力を出し切れば、、それは、、たいへんではなくなるからだ
。
だから、、最初はイヤイヤ魚屋
をやっていた時は、
「たいへんだ
」と感じていたし、それは苦痛でしかなかった。
でも、、「やるっ!
」っと決断したときから、、
全力で関わってからは、、それは、、自分の中で大きく変わった。
「たいへんだ」から「楽しい」に変わり、やりがいを感じ、
自分の居場所ができていった
。
学生時代の部活でも、そうだった。
兄が先にやっていたので野球部
に入部した。
そんな理由で、なんとなく参加していた時はえらく「たいへんだ
」と感じていた。
しかし、目標ができて全力で参加し始めると、、それは
大きく、、よろこびにかわっていった![]()
そして、、全力で関われば結果も、、もちろん違ってくるのだ。
会社の経営状態は、劇的に改善していった。
しかし、それは、、まだまだ先であり、、
その時は、、更なる激動の始まりでしかなかった![]()
「あなたが人生で失敗する方法は、ただ一つ、
それは自分の人生に本気で参加しないことだ。」
アンソニーロビンズ



